ランパントリウム

ランパントリウムは「はびこる」を意味するrampantと「〜の場所」を意味するariumを組み合わせた造語。

初夏の匂い

 初夏の空気はいろいろな匂いがする。

 土手沿いの坂道を下っているとき、不意に甘い匂いを感じた。視線を上げてみるとスイカズラが咲いているのを見つけた。

 春と比べて空気中を漂う匂いが濃くなった。朝、窓を開けると外の空気とともに椎の花の匂いが押し寄せてくる。栗の花に似た青臭い匂いがする。

 民家の周りではハゴロモジャスミンの甘い匂いがする。視覚より先に嗅覚で存在に気づくこともある。

 水路のそばを歩くと潮風の匂いがする。満ち潮と一緒に海から上がってくるのだろうか。

 日々変わっていく空気の匂いに、この時期の生き物の活動の濃さが現れているように思う。

曇りの日に見えるもの

 天気によって植物は見え方が変わる、そんなことを感じることがあった。

 今朝、いつものようにベランダに出た。朝食前に植物の様子を軽く見るのが日課になっている。窓の外は肌寒く、濃い雲が垂れ込めていた。サンダルを履いて植物棚の方を見ると、ぼんやりと黄色いものが視界に入った。少し不思議に思って見るとセダム属の「銘月」だった。

 なぜ今気になったのだろうと棚の前で足を止めた。普段の銘月よりも色味がやわらかい。しばらく見ていると、いつもよりツヤが弱いことに気づいた。

 銘月は全体に光沢がある。月という名前の割りにギラッとした質感だ。今朝は曇りだから光沢が弱く、葉の色がよく見える。名前通り透明感を湛えた薄い黄色だった。

 ちょっとした謎が解けたので、わたしは満足して頷くと部屋に戻り朝食のパンを食べた。

散歩ログ 街の隙間

 隙間に目を落とす。街で植物を探すときの基本だ。今回は散歩中に隙間で見つけた植物の写真を4枚紹介しようと思う。

 

 土止めの隙間に生えたツタバウンラン。

 ここは急な角度の土手で、金属製の土止めが設置されている。土止めだけで土を支えていると思うと少し不安になる。

 このツタバウンランはたくさん花をつけていた。他の植物が侵入しづらい場所なので日差しを独占できるのだろう。

 

 陸橋のたもとに生えたトクサの仲間。

 陸橋の基礎部分を縁取るように生えていた。トクサの仲間は地下茎を伸ばして広がるから、陸橋の周りは好都合かもしれない。

 陸橋や歩道橋には隙間が多いので通るたびに植物を探している。改装されて全部いなくなることもたまにある。

 

 今シーズン初のヤセウツボを見つけた。初夏が近づくと見られる寄生植物だ。

 寄生先の宿主が元気でないと生きていけないため、日当たりのいい場所に多い。

 

 公園の隅で見つけたトウネズミモチ。

 切り株から何本も幹が生え、小さな林のようになっている。

 トウネズミモチはかつて街路樹としてたくさん植えられた。現代では外来種なので考え無しに植えるのはよくないということになっている。時代の隙間の植物と言えるかもしれない。

 

 今回挙げた植物のうちトクサの仲間以外は外来種に指定されている。いつか駆除の対象になるかもしれない。観察している場合ではなくなるかもしれない。

 しかしこうした植物は隙間を可視化してくれる。以前、電車の高架で生い茂るシダを見たときは驚いた。植物は水が低い方へ流れるように、ごく自然に隙間を見つけてしまう。それは人間の生活環境への侵入なのか、生態系の絶え間ない拡大なのか。隙間に生える植物に虚心坦懐な眼差しを向けることも、ときには必要かもしれない。

混淆の庭へ ——ジル・クレマンの「動いている庭」——

 庭の役目とはなんだろう。

 ジル・クレマンの「動いている庭」を読んだ。庭を巡る実験と考察についての不思議な本だった。エッセイのようでもあるし詩のようでもある。

 クレマンはフランスの庭師・修景家でこの本では彼の独特な庭との向き合い方が紹介されている。その考え方を短く表すなら、きっと「混淆」と「変化」になると思う。

 クレマンは新しく庭を開くとき、その土地の植物を薙ぎ払うことも造成して平らかにすることもしない。元からいる植物と新しく植えた植物が混ざり合っていくこと。それを観察して庭作りに取り込むことが大事なのだという。

 土地と植物を活かした庭作りは、グローバル化や大量生産・大量消費社会への静かな抵抗でもある。元からあるものと新しく来たものの混淆によって誰も見たことの無い、かけがえのない何かが生まれてくるのかもしれない。庭とは可能性を試していく場所。本書を読むとそんなふうに思えてくる。

ロゼアの緊急植え替え

 二週間前のこと。何気なくハオルチア・ロゼアの枯葉を取ろうとしたら、株全体が土からスルンと抜けてしまった。根腐れで根がほぼ消失しており、土に乗っているだけの状態だった。去年買ってから植え替えはしていなかった。

 慌てて植え替えた。

 多肉と思えないくらい葉が痩せている。秋に植え替えをしておけばよかった。

 現在の様子。

 新芽はふっくらしてきている。

 ハオルチアの根がこんなことになるのは初めてだった。このロゼアが植っていた土は粒径の細かい土で、わたしが使っている土とは全く違うものだった。ロゼアが育った農園向けに最適化された土だったのだろう。

 これからはハオルチアを買ったら土の違いに気をつけることにしよう。

アスファルトの苔

 アスファルトと縁石の間に苔が生えて庭みたいになっていた。

 アスファルトの砂利が苔に埋もれている。森に飲まれていく岩山のように、あるいは風で草がうねる草原のようにも見える。

常緑樹の新芽

 公園の常緑樹が新芽を開いていた。

 昆虫の羽化のようだ。こうした精緻なプログラムが人知れず、音も立てず枝先の一本一本で展開されている。

 穴の開いた葉が多かった。穴が開いても枯れずに保っているとも言えるかもしれない。

 似た木が多くて名前が分からなかった。サンゴジュやモチノキ、クロガネモチにも似ている。