ランパントリウム

植物とおどろう

故郷ではない場所

 こんばんは。去る912日はポーランドSF作家、スタニスワフ・レムの誕生日でした。私はレムの「ソラリス」が好きです。この本には私を勇気づけてくれる何かがあるからです。


 「ソラリス」のあらすじはこうです。二重太陽のまわりを回る惑星ソラリス。その海にはある種の知性があり、人類は研究とコミュニケーションを続けていました。主人公はある要請を受け探査ステーションを訪ねますが、彼を待っていたのは変わり果てた科学者たちと死んだ恋人でした。


 ここからは私の感想です。「ソラリス」は二度映画化されていますがレム本人はどちらにも満足しませんでした。私はソダーバーグ監督版しか観ていませんが、原作者でなくても満足できる代物ではないと思います。映画にはソラリスの海が全然出てきません。「ソラリス」の重要なところは海の圧倒的な他者性です。

 惑星ソラリスには私たちが見慣れた風景は存在しません。二つの太陽はそれぞれ赤と青で、代わる代わる昇ります。大気は猛毒で機密服なしではステーションから一歩も出られません。たゆたう海はさらに異様です。海は何の用途もない物体の生成と破壊を繰り返し、大聖堂やピラミッドを建てては壊すようなことを延々と続けています。人間の記憶をスキャンする能力もあり、地球の街を模造したりもします。知性の存在が認められるもののコミュニケーションが出来ないのが海です。

 このようにソラリスの海は人類から見て在り様の異なるもの、他者です。喜びや悲しみを分かち合おうとしても言葉は通じず、共通の過去もありません。風景は美しいですが、その美しさは無人の山々や砂漠に似た厳しい美しさです。安らぎや癒し、懐かしさからは遠く離れた世界です。

 しかし、安らぎと懐かしさを求めるとき人は死を志向します。郷愁に浸ることは現在を見捨てることの裏返しです。ソラリスの海は郷愁と無関係な赤の他人であり、故郷ではない場所です。他者の中に故郷ではない場所、私ではない何かあるということは、命がそこに続いているということです。「ソラリス」はコミュニケーション以前の関係性が描かれた傑作です。