ランパントリウム

はびこりの里

続・火星神社

 火星神社の続報。

https://rampantrium.hatenablog.com/entry/2024/08/25/184103?_gl=1*172lb3l*_gcl_au*MTc2MTg2MTkyMy4xNzQ5Mjc0MDcw

 初夏の火星神社はこんなことになっていた。

 だいぶ地球らしくなった。

 ブロッコリーのような樹形。でも新芽は生き生きとしている。

 別の木。

 葉は茂っているけど幹枝の切り口はこれから腐っていくことだろう。そしていずれ下の写真のようになることだろう。ちくわのように。

 ただ火星神社の木は太いからちくわ化には相当の時間がかかりそうだ。記録するにはこのブログの後継者を募集するしかないかもしれない。

支線のムクノキ

 一月下旬のこと。電柱の支線の根もとに生えたムクノキを見つけた。

 枯れ草のように見えるのがムクノキ。よく見ると「ザ・木の葉」な形の葉がある。

 この葉はとてもザラザラしている。爪を磨くのに使えるほどだ。

 ムクノキは写真のような町の何気ない場所によく生えている。鳥が実を食べて種を散布しているからだろう。そして最大樹高は20メートルとも40メートルとも言われ、成長も速い。もし庭に生えてきた場合、計画的に考えることが重要と言える。

 ところでムクノキと一緒に写っている支線とは、電柱から地面に向けて斜めに張ってあるワイヤーのこと。黄色い筒はそのカバーで、支線カバーという。支線と支線カバーの名前は今回調べて初めて知った。町の中はよく見るけど名前のわからないもので溢れている。

 支線の根もとにはなぜか植物が生えていることが多い。これから植物を探して歩くときは支線の根もとも意識することにしよう。

火星神社

 千葉県某所に奇妙な景観の神社がある。おととしまで巨木が鬱蒼と茂っていたが、太い枝がまとめて剪定された。境内は明るくなった。幹だけの巨木が立ち並ぶ境内は火星のようだった。

 落ち葉や害虫のことで苦情が入り、自治体に剪定されたという。

 先月枯れていないか恐る恐る再訪すると、巨木たちは生存していた。失った光合成量を取り戻すべく胴吹き芽を展開している。これは一枚目の写真と同じタブノキ

 切り株になったケヤキも大量の葉をつけている。

 幹のてっぺんが平らになったタブノキ

 木陰が消えたため、日当たりのよくなった地面では雑草が大繁殖していた。植物は日の当たる土地を決して放っておかないものだ。

 剪定が必要なのは分かるけどちょっと思い切りが良すぎじゃない?と思ってしまう。だいいち神社なのだから少しくらいモサモサの方がいいのでは?神社の木だからといって特別扱いはできないということなのだろうか。老舗が駆逐されていくような世知辛さを覚える。

切り株から再生するネムノキ

 ある公園の片隅にネムノキを見に行った。公園の管理者が植えた木ではなく、たぶんタネから偶然生えたものだ。十五年ほど前に見つけた。ネムノキは当時私が見分けられる数少ない木だった。

 公認の木ではないのでときどき剪定されている。根もとから全部切るので伐採と呼ぶ方が正確かもしれない。地上部がリセットされるようなものだ。しかしそれでも切り株からひこばえを出して生き延びている。

 真冬に訪ねたときの様子。枝がないことからリセットされたのだと分かる。

 リセットのたびにやり直しになる人生。でも葉の色ツヤはいい。葉を広げて光合成をおこない、根に栄養を蓄えているのだ。

 このような切り株からの再生を萌芽更新と言う。

 切り株にはこの木のライフログが残っている。白線で囲った部分はかつて幹だった部分で、この太さまで育った時期があったことがわかる。そのまわりの空洞は二番目、三番目の幹だ。今の幹は一体何番目なのだろう。

 この木は十五年にわたって破壊(される方)と再生を繰り返してきた。一見、木に過酷な運命を強いているように思われるかもしれない。しかし江戸時代以前の人々は木材(主に薪)を取り尽くさないよう、萌芽更新を計画的に管理していた。石油も石炭もない時代に薪がどれだか重要だったかは計り知れない。大事なのは切り株の再生に何年かかるのか、再び木が繁ったとき風景はどう変わっているか、想像することではないだろうか。

イチョウのうろ

 街路樹の周りではいろいろな生き物が暮らしている。虫や鳥はもちろん他の植物が住み着いていることもある。

 このイチョウのうろ(樹洞)にはシダが生えている。

 種類はイヌワラビとイノモトソウの仲間のようだ。うろに土が溜まるなどして天然の植木鉢になっている。イチョウが強剪定されているために日当たりがよくなっているのは、ちょっと皮肉な話に思える。

 しかしイチョウもいつまでも軒先を貸しているばかりではない。うろは折れた枝が腐って空洞化したものなので、木はうろを塞ごうとする。これは同じイチョウの去年の冬の写真。

 うろのフチが厚く盛り上がっている。樹皮が成長し、左右から巻き込むように塞ぎ始めているためだ。このままだとうろは閉ざされ、したたかなシダの命運は尽きる。とは言え完全に閉じるにはまだ何年もかかるだろう。

 三年後くらいにまた続報をお伝えしたい。

シンジュ

 最近名前を覚えた木、シンジュ。ゾロっと長い葉を振り乱したスタイルがトレードマーク。

 この株は街路樹のように道路脇に生えているが、偶然この場所で種から生えたものではないかと思う。街路樹としては植え方が変だし、シンジュの種は風に乗って飛ぶ形をしているからだ。

 ヌルデやハゼノキなど似た木が多く、影が薄い。しかしよく探してみると街の至るところに生えていることに気づかされる。雑木界のモブキャラと呼ぶことにしよう。

 道路脇で刈られては生えを繰り返している。再生力は強いようだ。

 これは冬の落葉した形態。

 大きな白い葉痕が冬のトレードマーク。枝をナイフでそぎ落としたような独特な形をしており、この姿の方が一目でシンジュだと識別しやすい。葉がある時期よりも落葉した時期の方が個性的に見える、珍しい木だ。

無限再生能力

 形を失いつつあるマテバシイの切り株を見つけた。幹は朽ち、平らな部分がない。公園内の木で、切られてから何年も経つのだと思う。

 外輪山のように残った根もと部分は生きており、ひこばえが生えていた。

 力強く天を目指している。

 ひこばえを生やすかどうかは木の種類である程度決まっている。マテバシイはどんどん生やす種類だが一方でほぼ生やさない木もいる。ひこばえを無限に生やせた方が何度でも再生できて安心のように思える。しかし生やさない木が実際にいる以上、生き延びるのには再生能力が全てではないのかもしれない。例えばひこばえを予備の幹と考えた場合、作り過ぎるのはエネルギーの無駄とも言える。

 ひこばえから木がどうリスクに備えているのか、どんな生存戦略を採っているのか想像すると、散歩道の街路樹もいつもと少し違って見えてくる。